主の望みと私達の「協力」―マタイ8:1〜4 9/2「ほとりの福音」より

 

今回の「ほとりの福音」では、
マタイ8章1〜4節、重い皮膚病の人を主が癒やされた箇所を
Sr.岡立子さんとご一緒にお読みしました。

この新共同訳では、「よろしい。清くなれ」ですけど、
私の持っている英語やイタリア語の聖書だと、「私は望む」とあります。
…私たちが一生懸命頑張って善い行いをしてということではなくて、
まず主ご自身が、私たちの清くなることを望んでるんです。
それは、恵みに依らなければ無理です。
全ては恵みから始まって、恵みから終わる。だけど…


私達と神様の関わり。それは、とても不思議な関わりです。
ある人は、「神様が主導しているのだから、全てを任せればいい」と語り、
また、ある人は、いやいや、「行いを伴わない信仰は死んでいるんだ」とも語られる。

人の目には矛盾に見えるそのあり方。
今回は、ここで主ご自身が何を私達を望んでおられるのか?
その事を求めて、「協力」という言葉を手がかりにご一緒に聖書を読んでいきます。

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※第3回は9/16に公開予定です。