AIとキリスト信仰―新回勅『マニフィカ・フマニタス』が問いかけるもの 8/22「FEBC特別番組」より

 

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すでに大きな影響を私達に及ぼしはじめているAI技術。
ある時には人のように振る舞い、ある時には人を超える力を発揮するプログラム。
この状況は、私達の信仰においてどのような意味を持つのでしょうか?

今回のFEBC特別番組では、
カトリック・サレジオ会司祭、日本カトリック神学院教授の、
阿部仲麻呂神父に「AIとキリスト信仰」に関する回勅についてのお話をお伺いしました。

(教皇レオ14世の新しい回勅の中で)特に印象的なのは、
AIには情報処理能力と分析能力はあっても、生身の人の痛みは経験出来ない、
そこが「AIの限界」だという指摘です。
イエス・キリストが神の立場にありながら人間のどん底に降りてきて
十字架で死んだというのは、あらゆる人の苦しみを他人事でなく

自分のこととして受け止め切ってくださった事だからです。


テクノロジー自体の善し悪しというものはあります。
しかし、技術はあくまで技術。

本当に問われていることは、やはりそれと関わる一人ひとりの人間。
そして、さらに言えば、主イエスをそこからどう仰ぐか?ということなのでしょう。

AI技術に対する考え方に、まずは先鞭をつけたカトリック教会。
ではそこで、この「私」はどうするのか?
ぜひ、そのことを共に考え、この未知なる社会を
今日もご一緒に歩んでいきたいと願います。

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